西谷物語 〜雪降る里の贈り物〜西谷冬物語〜〜 #2-6

三日後、ようやく雪解けが始まった。

屋根から雫が滴り落ち、道端には小さな水たまりができている。遠くに見える長谷の棚田も、白いベールを少しずつ脱ぎ始めていた。

「本当にお世話になりました」

美咲は山田さんの前で深く頭を下げた。

「何をおっしゃる。こちらこそ、若い方がいてくださって楽しかったですよ」

「また必ず来ます」

「いつでもお待ちしています。でも、無理はしないでくださいね」

山田さんの優しい眼差しに、美咲の胸が温かくなった。

玄関先に、昨夜皆で作った雪だるまがまだ残っている。少し小さくなったが、笑顔を保っていた。

「これ、良かったら」

山田さんが小さな包みを差し出した。中には手作りの西谷米のおにぎりが入っていた。

「お母さんの味を忘れないでくださいね」

涙がこぼれそうになった。

バス停までの道のりを、山田さんが見送ってくれた。除雪された道には、まだところどころに雪が残っている。

「田中さん!」

振り返ると、佐藤さんと田村さんが手を振っていた。

「気をつけて帰ってください」

「また春に会いましょう」

美咲は何度も振り返りながら、バス停に向かった。

宝塚駅に着く頃には、スマートフォンにいくつもの着信があった。会社からだった。

「田中です。申し訳ありませんでした」

「大丈夫? ニュースで大雪って見たけど」

課長の声は、思っていたより温かかった。

「はい。ご迷惑をおかけして」

「命あっての仕事だから。今日はゆっくり休んで」

電車の窓から外を眺めた。都市部に近づくにつれ、雪の跡は消えていく。

しかし、美咲の心には西谷の温かさがしっかりと根づいていた。

一週間後、美咲は会社で新しい企画書を作成していた。

「地域密着型イベントの提案」

西谷で体験した助け合いの精神を、都市部でも広げられないか。そんな思いを込めた企画だった。

「面白いね。どこからこのアイデアが?」

同僚が興味深そうに聞いた。

「少し田舎を旅行して、学んだことがあるんです」

美咲は微笑んだ。

デスクの引き出しには、山田さんからもらったおにぎりの包み紙が大切に仕舞われている。

時々それを見ては、西谷の雪景色と温かい人々を思い出した。

春になったら、必ず西谷を訪れよう。今度は桜の季節に。

美咲は窓の外を見上げた。空の向こうに、西谷の山々が見えるような気がした。

雪降る里で見つけた贈り物は、美咲の新しい人生の始まりだった。