西谷物語 〜雪降る里の贈り物〜西谷冬物語〜〜 #2-1

雪がちらつく平成の終わり頃、田中美咲は大阪市内のイベント企画会社で資料に埋もれていた。

「田中さん、西谷の農事組合法人への資料、今日中にお願いします」

上司の声に、美咲は疲れた表情で顔を上げた。

「西谷って、どちらでしょうか?」

「宝塚市の北部よ。車で行って。ナビに任せれば大丈夫」

美咲は溜息をついた。また残業が確定した。最近、プライベートの時間なんてほとんどない。

午後3時、美咲は会社の軽自動車に乗り込んだ。阪神高速を北上し、宝塚インターで降りる。そこから北へ向かう道は、次第に山間部の様相を呈してきた。

「こんなところに農事組合法人があるの?」

道路脇の看板に「西谷地区」の文字を見つけた時、美咲の目に飛び込んできたのは一面の雪景色だった。

「わあ…」

思わず声が漏れる。田園が雪化粧に包まれ、遠くに見える山々が白く輝いていた。大阪では見ることのできない、静寂に満ちた風景。

しかし、感動も束の間。道に迷ってしまった。

「あれ?ナビが変なところを指してる」

細い農道に入り込んでしまい、行き止まりになっている。車を停めて外に出ると、雪がひらひらと舞い落ちてきた。

「寒い!でも、綺麗…」

周囲は静寂そのもの。聞こえるのは雪の音だけ。美咲は無意識に深呼吸をしていた。

そのとき、「大丈夫ですか?」という声がした。

振り返ると、作業着を着た年配の男性が軽トラックから降りてきた。

「道に迷われましたか?」

「はい…農事組合法人を探しているんですが」

「ああ、それなら私が案内しましょう。この辺りは初めての方には分かりにくいですからね」

男性の親切な笑顔に、美咲の心は少し軽くなった。

「ありがとうございます。こんな美しいところがあるなんて知りませんでした」

「西谷は隠れた宝石のような場所ですからね。特に雪の日は格別です」

美咲は改めて周囲を見渡した。この静けさと美しさは、忙しい日常を忘れさせてくれる何かがあった。

「後をついてきてください。すぐですから」

軽トラックの後を追いながら、美咲は思った。

こんな場所が宝塚にあったなんて。