田植えの季節、汗を流した一日の終わりに、みんなで囲んだ素朴な味。
兵庫県宝塚市北部の西谷地域には、100年以上にわたって受け継がれてきた特別な「ちまき」があります。
それは単なる郷土料理ではなく、地域の人々の心をつなぎ、昔ながらの絆を現代に伝える大切な文化の象徴なのです。
忘れられない味への想い
「昔食べた、あの懐かしい味をもう一度…」
西谷ちまき保存会の岡田幹夫会長は、地域の高齢者からそんな声を聞いたことがきっかけで、途絶えていたちまき作りを復活させました。
令和2年に宝塚市無形民俗文化財に認定され、令和5年には文化庁の「100年フード」にも選ばれた西谷のちまき。
その背景には、現代では想像できない濃密な地域のつながりがありました。
田植えが結んだ地域の絆
かつての西谷では、田植えの季節になると地域全体が一つになりました。
機械のない時代、一つの田んぼを植えるのに丸一日、それも家族だけでなく隣近所、親戚が総出で取り組む大仕事でした。
「朝早くから夕方まで、地域の人みんなが田植えに集中していました。女性は田んぼで苗を植え、男性は苗を運んだり、縄でラインを引いたり。子どもたちも、自分にできることを見つけて一生懸命手伝っていたんです」
そんな一ヶ月にも及ぶ田植えの季節が終わると、みんなでその労をねぎらい合いました。
その時に作られていたのが、各家庭自慢のちまきだったのです。

素朴だからこそ伝わる想い
西谷のちまきの特徴は、その素朴さにあります。
もち米とうるち米の粉を混ぜ、塩を少し加えただけのシンプルな味。
商業化された甘いちまきとは全く違う、昔ながらの製法を守り続けています。
「味はないと言われても仕方ないくらい素朴です。でも、昔食べた人は『この味だ』と言ってくれるんです。美味しかったというより、忘れられない味だったと」
ナラガシワ、ガマ、ヨシという3つの植物を使って包むのも西谷ちまきの特徴。
実は、この素朴な味の中には、ナラガシワの葉とヨシのエキスがたっぷりと染み込んでいるからこそ、もち米・うるち米だけでは生まれない味わい深さがあるのです。
かつて食べたお年寄りの方々が口々に「あの味が忘れられない」と言われるのも、この自然の恵みが生み出す特別な味わいがあるからでしょう。
これらの材料は6月の限られた時期にしか採取できないため、自然のリズムに合わせた季節の味でもあります。


次世代へのバトンタッチ
現在、西谷ちまき保存会では、地域の小中学校での特別授業や、宝塚市内の公民館での体験会など、様々な形でちまき作りの体験機会を提供しています。
今年の開催予定
- 6月6日:地域団体での体験会
- 6月18日:西谷中学校での特別授業
- 6月20日:東部公民館での老人会体験会
- 6月20日午後:宝塚市青年会議所主催の一般向け体験会(中央公民館)
特に注目したいのは、宝塚市青年会議所主催の体験会。
これは宝塚市内にお住まいの方なら誰でも参加可能で、平日の夕方開催のため、小中学生とその保護者の方々にも参加していただけます。


5時間かけてちまき体験を行う意味
中学校で行われたちまき体験は、ちまきや地域の歴史の紹介から、ちまき作りまで、全体で5時間近くをかけたプログラムになりました。
「こんなに時間をかけるなんて、もったいない」
そんな声もあります。
しかし岡田さんは、その時間こそが大切だと語ります。
「背景を知らずに食べても、ただ味のないちまきです。でも、昔の人たちの暮らしや想いを聞いて、みんなで時間をかけて作って、最後に一緒に食べる。その過程全体が、昔の田植えの後のねぎらいと同じなんです」
ちまき体験には、子どもの頃に一度食べた味を求めて、県外から足を運ぶ方もいるのだとか。
それほどまでに、西谷のちまきには人の心を動かす力があります。
現代に生きる古き良き知恵
農作物を育てるのに必要なのは、水と太陽と土。
でも岡田さんは子どもたちに、もう一つ大切なものがあると伝えています。
「それは愛情です。人の気持ちや思い入れが加わって、初めて本当に良い作物ができる。それは人との関係も同じなんです」
現代社会では希薄になりがちな人とのつながり。
西谷のちまきは、そんな現代だからこそ大切にしたい、人と人との絆を思い出させてくれます。

あなたも体験してみませんか?
100年以上かけて築かれた文化も、守る人がいなければ簡単に失われてしまいます。
でも、一人ひとりが関心を持ち、体験することで、その文化は次の世代へと受け継がれていきます。
西谷のちまき作り体験は、単なる料理教室ではありません。
昔の人たちの暮らしに思いを馳せ、地域のつながりの大切さを実感できる、特別な時間です。
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