田中ひかるが西谷地区の公民館に足を踏み入れた時、窓口で声を荒げている老婦人がいた。
「だから警察には言いたくないの!でも許せないのよ、あの球根は亡くなった夫との思い出が詰まってるの!」
「山田さん、お気持ちは分かりますが…」困り果てた職員の声が響く。
ひかるは反射的にメモ帳を取り出した。推理小説を読み過ぎて、こういう場面に遭遇すると血が騒ぐのは職業病ならぬ趣味病だ。
「あの、何かお困りですか」
振り返った山田さんは、80歳は超えているだろう小柄な女性だった。目には涙が浮かんでいる。
「あなたは?」
「田中ひかると申します。本日からこちらで地域振興を担当させていただきます」
「地域振興?」山田さんの目がぱっと明るくなった。「それじゃあ、地域の問題も解決してくれるのね!」
「え、それは…」
規則では警察案件は管轄外だが、山田さんの期待に満ちた視線を受けて、ひかるの心は揺れた。
「実は昨日の朝、大切にしていたチューリップの球根が全部なくなってたの。50個も!」
「50個も?」
「ええ。春になったら西谷の里山をチューリップでいっぱいにしようと思って…でも今朝見に行ったら、掘った跡まできれいに消されてて」
ひかるの推理好きの血が完全に沸騰した。証拠隠滅まで図られている。これは単純な盗難じゃない。
「分かりました。私が必ず真相を突き止めます!」
気がつけば、そう宣言していた。
