四日目の朝、いつものベンチに向かう足取りが軽い。昨夜は久しぶりによく眠れた。里山歩きの疲れもあったろうが、それ以上に心の澱が少し晴れたような気がしてならない。
「あ」
角を曲がった瞬間、声が漏れた。昨日まで黒い土が露出していた花壇から、小さな緑の芽が顔を出している。チューリップの芽だろうか。か細くも力強く、土を押し上げている様が妙に眩しい。
「綺麗でしょう?」
振り返ると、美咲が立っていた。手には水の入ったジョウロを持っている。
「君が世話をしているのか」
「田中さんと一緒に。昨日植えたばかりなのに、もう芽が出始めて」
美咲の頬が朝の光に染まっている。その表情には、昨日まで感じていた迷いの影がない。
「敬太郎さん」
珍しく名前で呼ばれて、胸がとくりと鳴った。
「私、決めました。農業大学に進学します。編入試験を受けるつもりです」
「本当に?」
「はい。時間はかかるけれど、ここで学んだことを活かしたい。田中さんも応援してくださって」
美咲の声に確信がある。迷いを抜けた人間だけが持つ、清々しい響きだ。
敬太郎は再び小さな芽に目を向けた。土を割って出てきたその姿が、何かを訴えかけているようだ。
「僕も」
思わず口をついて出た。
「僕も何か始めなければ。君を見ていて、そう思うんだ」
美咲が微笑む。
「一緒に頑張りましょう」
春風が二人の頬を撫でていく。西谷の空は今日も青く、新しい季節の扉がゆっくりと開かれようとしていた。
