花の地図には続きがある 〜西谷、春の里山に消えた記録〜 #9-6

座標が示した場所は、丘の中腹だった。

武田尾廃線跡から少し山側に入った斜面。渉はスマートフォンの地図を頼りに獣道を登り、そして立ち止まった。

重機の爪痕が土に残っていた。造成の土砂が斜面を半分ほど覆い、かつて何かがあったはずの地面を、灰色の無表情で埋め尽くしていた。廃棄物処理場の拡張工事だと、後で義則に聞いた。数年前のことらしかった。

「あったんですね、ここに」

渉は呟いた。返事をする者はいなかった。

風が吹いた。残土の匂いがした。春の匂いではなかった。

義則は少し離れた場所で、腕を組んで斜面を見ていた。渉が振り向くと、老人は静かに言った。

「先生はあの春、種を持って逃げたんや」

「逃げた?」

「造成の話が出たとき、先生は何日もここに通ってた。何かを採取してる様子やった。わしには止める言葉もなかったけど、先生は笑っとったで。悔しそうにやなく、ただ静かに笑って」

渉はレンズを向けることができなかった。カメラが重かった。いや、正確には、軽すぎた。撮るべき花のない場所では、カメラはただの精密機械だった。

その瞬間、何かが渉の中でゆっくりと崩れ落ちた。

自分はずっと、花畑を探していたわけではなかった。

亮が好きだった光の角度を。亮が笑うような色を。亮がそこにいれば「見て」と言えたような風景を。失ったものをそのまま閉じ込めておける、完璧な場所を探していた。

でも、先生は逃げなかった。種を持って、次の場所へ向かった。

「義則さん、種は今どこにあるんですか」

義則は里山の稜線を指差した。

「咲いとるはずや。毎年、どこかで」