阪急宝塚線から宝塚駅で下車し、バスに揺られて四十分。信一郎が降り立った西谷地区は、記憶の中の風景とは様変わりしていた。
田園風景は残っているものの、所々に新しい住宅が点在し、かつて父と歩いた小径は舗装道路に変わっている。それでも、山々の緑は昔のままだった。
「すみません、蛍川はどちらでしょうか」
道端で草刈りをしていた初老の男性に声をかけた。男性は作業の手を止め、信一郎を見上げた。
「蛍川? ああ、昔の名前やな。今はもう誰もそう呼ばんけど」
男性は川の方角を指差した。
「あっちの波豆川のことやろ。でも今は川の名前も変わってもうたし、蛍なんてもう何十年も見てへんわ」
信一郎は礼を言って歩き始めた。男性の後ろから声がかかる。
「もしかして、川の環境調査の方ですか」
振り返ると、男性が軍手を外しながら近づいてきた。
「実は地元で川の再生活動をやっててな。明日、みんなで水質調査するんです。興味があったら参加してみませんか」
信一郎は父の遺品の地図を思い出した。もしかすると、何かの手がかりが得られるかもしれない。
「ぜひ参加させてください」
男性は田中と名乗り、翌朝九時に西谷児童館前で待ち合わせることになった。
夕暮れが迫る中、信一郎は一人で川沿いを歩いた。水は思っていたより澄んでいるが、護岸はコンクリートで固められ、自然の川岸は失われている。
ここで父は何を見つけようとしていたのだろうか。そして、なぜ「蛍川の約束」を果たせなかったと悔やんでいたのか。
川面に映る街灯の光を見つめながら、信一郎は明日への期待と不安を抱いていた。
