蛍川密約 〜西谷に封印された三十年の真実〜 #6-2

阪急宝塚線から宝塚駅で下車し、バスに揺られて四十分。信一郎が降り立った西谷地区は、記憶の中の風景とは様変わりしていた。

田園風景は残っているものの、所々に新しい住宅が点在し、かつて父と歩いた小径は舗装道路に変わっている。それでも、山々の緑は昔のままだった。

「すみません、蛍川はどちらでしょうか」

道端で草刈りをしていた初老の男性に声をかけた。男性は作業の手を止め、信一郎を見上げた。

「蛍川? ああ、昔の名前やな。今はもう誰もそう呼ばんけど」

男性は川の方角を指差した。

「あっちの波豆川のことやろ。でも今は川の名前も変わってもうたし、蛍なんてもう何十年も見てへんわ」

信一郎は礼を言って歩き始めた。男性の後ろから声がかかる。

「もしかして、川の環境調査の方ですか」

振り返ると、男性が軍手を外しながら近づいてきた。

「実は地元で川の再生活動をやっててな。明日、みんなで水質調査するんです。興味があったら参加してみませんか」

信一郎は父の遺品の地図を思い出した。もしかすると、何かの手がかりが得られるかもしれない。

「ぜひ参加させてください」

男性は田中と名乗り、翌朝九時に西谷児童館前で待ち合わせることになった。

夕暮れが迫る中、信一郎は一人で川沿いを歩いた。水は思っていたより澄んでいるが、護岸はコンクリートで固められ、自然の川岸は失われている。

ここで父は何を見つけようとしていたのだろうか。そして、なぜ「蛍川の約束」を果たせなかったと悔やんでいたのか。

川面に映る街灯の光を見つめながら、信一郎は明日への期待と不安を抱いていた。