川辺での調査を終えた信一郎は、田中と別れて一人で西谷の住宅地を歩いていた。記憶を頼りに進むと、見覚えのある家並みが現れる。
そこで偶然、近所に住んでいた佐藤という男性と出会った。信一郎より十歳ほど年上で、子供の頃よく遊んでもらった記憶がある。
「信ちゃん!本当に帰ってきたんやな」
佐藤は人懐っこい笑顔で迎えてくれたが、立ち話をしているうちに表情が変わった。
「そういえば、お兄ちゃんのこと、知ってるか?」
信一郎の心臓が跳ねる。兄の慎太郎は十年前に癌で亡くなっている。二人の間には長年の溝があり、最期も会うことはなかった。
「慎太郎兄さんのことで、何か?」
「あの開発の件でな。お兄ちゃん、確か関西開発興業に勤めてはったやろ?」
関西開発興業。それは父の原稿に出てきた開発業者の名前だった。
「お父さんが取材してた頃、お兄ちゃんがよく実家に帰ってきてたんや。夜中に兄弟で話し込んでる声が隣まで聞こえてきて」
佐藤の証言に、信一郎は頭が混乱した。兄が開発業者に勤めていたことは知っていたが、父の取材と関わりがあったとは。
「でも、その後お兄ちゃん、急に会社を辞めはったんやろ?住民の間では、内部告発したんちゃうかって噂になってたで」
夕闇が迫る西谷の山並みを見つめながら、信一郎は新たな謎の重さを感じていた。
父と兄の間に、自分の知らない秘密があったのか。
