蛍川密約 〜西谷に封印された三十年の真実〜 #6-5

実家の二階で、信一郎は父の書斎を改めて詳しく調べていた。佐藤の証言が頭から離れない。兄と父の間に何があったのか。

古い文机の引き出しを一つずつ開けていくと、最も奥の引き出しに小さな鍵がかかっていた。探すと、父の遺品の中から同じ形の鍵が見つかった。

震える手で開けると、そこには薄いファイルが一冊だけ入っていた。

「関西開発興業 内部資料」

表紙にはそう書かれている。中を開くと、父の几帳面な文字で書かれたメモと、会社の内部文書のコピーが綴じられていた。

「昭和六十三年八月十二日 慎太郎より入手」

最初のページにはそう記されている。信一郎の心臓が激しく鼓動した。

資料には、西谷地区の開発計画の詳細が記されていた。波豆川の上流域を大規模に造成し、マンション群を建設する計画。環境への影響は深刻で、下流域の生態系は確実に破壊される。

そして最後のページに、父の手紙の下書きが挟まれていた。

「慎太郎へ お前が勇気を出して持参してくれた資料のおかげで、真実が見えた。しかし、記事にすればお前の立場が危うくなる。父として、お前を守りたい。この件は封印する。代わりに、お前は今すぐ会社を辞めろ。それがお互いのためだ」

信一郎は資料を握りしめた。兄は内部告発者だったのだ。父を信じて、危険を冒して資料を渡した。

しかし父は、息子を守るために真実を葬った。

窓の外では、波豆川のせせらぎが夜の静寂に響いている。三十年前、この川を守るために父と兄が交わした密約。その重さが、信一郎の胸に深く沈んでいった。