蛍川密約 〜西谷に封印された三十年の真実〜 #6-7

信一郎は波豆川の上流で、水面に映る夕日を眺めていた。三日前から環境部会の活動に参加し、父の原稿を公表しない決断を固めていた。

「桐山さん、お疲れさまでした」

佐藤が声をかけた。今日は川底の清掃作業だった。

「いえ、こちらこそ。久しぶりに体を動かして気持ちよかった」

信一郎は汗を拭いながら答えた。

「実はお聞きしたいことがあるんです」

佐藤の表情が真剣になった。

「三十年前の開発計画について、何かご存知ですか。当時の新聞記事を探したんですが、詳しい報道が見つからなくて」

信一郎は一瞬息を止めた。

「父も記者でしたが、すべてを報じられるわけではありませんから」

「そうですね。でも、あの時代があったから今の活動があるんです」

夕闇が濃くなる中、川面に小さな光が舞った。

「あ!」

佐藤が指差した。

「蛍です!」

一匹、また一匹と、淡い光が宵闇に浮かんだ。

信一郎の胸に込み上げるものがあった。父が守ろうとした川に、兄が愛した自然に、命が戻ってきている。

「きれいですね」

「桐山さんのお父さんや兄さんも、きっとこの光を見たかったでしょうね」

佐藤の何気ない言葉が、信一郎の心を打った。

そうだ。二人が本当に望んだのは、この瞬間だったのかもしれない。

「僕も、この活動を続けたいと思います」

信一郎は蛍の光を見つめながら言った。

「東京に戻っても、時々こちらに来て手伝わせてもらえませんか」

「もちろんです。いつでも歓迎します」

蛍たちは静かに舞い続けていた。三十年の時を越えて、新しい約束が始まった夜だった。