三日後、ようやく雪解けが始まった。
屋根から雫が滴り落ち、道端には小さな水たまりができている。遠くに見える長谷の棚田も、白いベールを少しずつ脱ぎ始めていた。
「本当にお世話になりました」
美咲は山田さんの前で深く頭を下げた。
「何をおっしゃる。こちらこそ、若い方がいてくださって楽しかったですよ」
「また必ず来ます」
「いつでもお待ちしています。でも、無理はしないでくださいね」
山田さんの優しい眼差しに、美咲の胸が温かくなった。
玄関先に、昨夜皆で作った雪だるまがまだ残っている。少し小さくなったが、笑顔を保っていた。
「これ、良かったら」
山田さんが小さな包みを差し出した。中には手作りの西谷米のおにぎりが入っていた。
「お母さんの味を忘れないでくださいね」
涙がこぼれそうになった。
バス停までの道のりを、山田さんが見送ってくれた。除雪された道には、まだところどころに雪が残っている。
「田中さん!」
振り返ると、佐藤さんと田村さんが手を振っていた。
「気をつけて帰ってください」
「また春に会いましょう」
美咲は何度も振り返りながら、バス停に向かった。
宝塚駅に着く頃には、スマートフォンにいくつもの着信があった。会社からだった。
「田中です。申し訳ありませんでした」
「大丈夫? ニュースで大雪って見たけど」
課長の声は、思っていたより温かかった。
「はい。ご迷惑をおかけして」
「命あっての仕事だから。今日はゆっくり休んで」
電車の窓から外を眺めた。都市部に近づくにつれ、雪の跡は消えていく。
しかし、美咲の心には西谷の温かさがしっかりと根づいていた。
一週間後、美咲は会社で新しい企画書を作成していた。
「地域密着型イベントの提案」
西谷で体験した助け合いの精神を、都市部でも広げられないか。そんな思いを込めた企画だった。
「面白いね。どこからこのアイデアが?」
同僚が興味深そうに聞いた。
「少し田舎を旅行して、学んだことがあるんです」
美咲は微笑んだ。
デスクの引き出しには、山田さんからもらったおにぎりの包み紙が大切に仕舞われている。
時々それを見ては、西谷の雪景色と温かい人々を思い出した。
春になったら、必ず西谷を訪れよう。今度は桜の季節に。
美咲は窓の外を見上げた。空の向こうに、西谷の山々が見えるような気がした。
雪降る里で見つけた贈り物は、美咲の新しい人生の始まりだった。