桜の花びらが舞い散る四月の午後、片山雄一郎は西谷の山あいを縫うように走る道を辿っていた。
地元養鶏場への取材依頼は、編集部にとって格好の企画だった。地元食材を使った料理教室の特集記事。読者の反応も悪くないはずだ。
雄一郎は車を停めて、深呼吸をした。ここ西谷の空気は、大阪の雑踏とは違って澄んでいる。遠く山々が霞んで見える景色に、なぜか胸の奥がざわついた。
「いらっしゃいませ」
養鶏場の入り口で声をかけてきたのは、三十代前半ほどの女性だった。エプロンをかけた姿が初々しい。
「料理雑誌の片山と申します。今日はよろしくお願いします」
「地元の小学校で教師をしている田中美咲です。今日は子どもたちと一緒に見学させてもらっています」
美咲の後ろから、小学生たちがぞろぞろと現れた。
「先生、この卵ってどうして茶色いの?」
一人の男の子が、手のひらに卵を載せて尋ねた。
「鶏の種類が違うのよ。でも栄養はどちらも同じ。大切なのは、鶏がどんな環境で育ったかということ」
美咲が優しく説明する様子を見ていると、雄一郎の心に何かが蘇ってきた。
かつて自分も、こんな風に食材と真摯に向き合っていた時があった。料理人を志していた頃の、純粋な想い。
「雄一郎さん」
気がつくと美咲が振り返っていた。
「もしよろしければ、子どもたちと一緒に卵について聞いてみませんか。きっと面白い記事になりますよ」
その微笑みに、雄一郎の凍りついていた何かが、静かに溶け始めるのを感じた。
