桜の花びらが風に舞っていた。
二度目の西谷を訪れた雄一郎は、美咲と並んで西谷地区の桜並木を歩いている。取材の合間に案内してもらった道だった。
「この桜、昔から地元の人たちが大切にしてるんです」
美咲の声に、花びらがひらりと頬に触れた。彼女は自然に手で払い、微笑む。
「料理教室の子どもたち、春になるとここでお弁当を広げるんですよ。私が作ったおにぎりを持って」
「おにぎりですか」
「卵焼きも一緒に。あの子たちにとって、食べることが楽しい思い出になってほしくて」
歩調を�めながら、雄一郎は美咲の横顔を見つめた。料理への想いが、言葉の端々に込められている。
「私、実は」
雄一郎は立ち止まった。舞い散る花びらが、足元に薄桃色の絨毯を敷いている。
「昔、料理人になりたかったんです」
美咲が振り返る。その表情に、雄一郎は続けた。
「でも、挫折して。技術も、センスも足りなかった。それで編集の世界に逃げたんです」
「逃げた、なんて」
美咲が首を振る。
「今のお仕事だって、料理と関わり続けてるじゃないですか」
遠くで鳥のさえずりが聞こえる。西谷の静寂が、二人を包んでいた。
「そうかもしれませんね」
雄一郎は苦笑いを浮かべた。美咲の言葉が、胸の奥で小さく響く。
桜並木の向こうに、夕暮れの光がさしていた。歩きながら、雄一郎は心の中で思っていた。この人となら、もう一度料理と向き合えるかもしれない、と。
