朝霧が立ちこめる里山道を、子どもたちの歌声が弾んでいく。
「片山さんも一緒に歌いませんか」
美咲に促されて、雄一郎は苦笑いを浮かべた。十数人の小学生に交じって歩く自分の姿が、どこか滑稽に思えた。
「僕は遠慮しておきます」
「つまらない人」
美咲は笑いながら、子どもたちの列へと駆け寄っていく。リュックサックを背負った小さな背中が、山道に点々と続いていた。
西谷の奥へ分け入ると、道端に野草が顔を出している。つくし、よもぎ、たらの芽。春の訪れを告げる緑たちが、子どもたちの歓声を誘った。
「先生、これ食べられる?」
「それはふきのとうね。少し苦いけど、とても美味しいの」
美咲が腰をかがめて説明する。その仕草に、雄一郎は足を止めた。自然に向き合う彼女の表情には、料理人としての真摯さが宿っている。
「片山さん、野草摘みは初めてですか」
いつの間にか美咲が隣に立っていた。
「ええ。雑誌の撮影では、市場の山菜を使うことばかりでしたから」
「本当の美味しさは、土の匂いから始まるんです」
美咲が摘んだよもぎを差し出す。雄一郎が受け取ると、青い香りが鼻腔を抜けていく。
「昔の料理人は、みんなこうして季節を感じていたのでしょうね」
「そうですね。素材と対話するって、こういうことかもしれません」
二人の視線が重なった。山あいに響く子どもたちの声が、遠く聞こえる。
昼近くになって、一行は小さな広場に腰を下ろした。美咲が持参したカセットコンロで湯を沸かし、摘んできた野草を手早く下処理していく。
「料理は人を繋ぐものなんです」
野草の天ぷらを揚げながら、美咲がつぶやいた。
「特別な技術じゃなくて、心を込めること。それが一番大切だと思うんです」
雄一郎の胸に、その言葉がしみていく。十年前、自分が見失ったものは、もしかするとここにあるのかもしれない。
