これは、奇妙な記録だ。続きの話だ。
炭焼き小屋を見つけたのは、吉岡庄三という老人に怒鳴られた、その日の午後だった。
「あの田には近づくな。死にたいんか、あんたは」
波豆川の橋のたもとで、老人は俺の腕を掴んだ。七十八歳とは思えない力だった。瞳の奥に、怒りではなく恐怖があった。
「なぜですか」
「なぜもこうもない。あそこは昔から、ろくなことが起きん土地じゃ」
それだけ言って、老人は足早に去った。背中が小刻みに震えていた。
俺は棚田の方へ向かった。
秋の西谷は、息をのむほど美しい。大棚の段々畑に残る稲穂の名残が、低い陽光を受けて金色に光っていた。その縁を、一人の若者が黙々と鍬を打ち続けていた。
松村ケンジ。後で知った名だ。
荒れた土に鍬を叩きつけるたび、乾いた音が山に響いた。汗が顎から落ちるのも気にせず、ただ打つ。打つ。打つ。
俺は動けなかった。
あの背中に見覚えがあった。何かを取り戻そうとして、言葉を持たぬまま、ただ体を動かし続ける人間の背中だ。
俺も、かつてそうだった。
雑木林の奥に炭焼き小屋の残骸を見つけたのは、その帰り道だった。崩れた石組みの中に、農具が一本転がっていた。鍬の柄が、根元から炭化していた。刃は歪み、火にあぶられた痕跡が生々しく残っていた。
土の匂いがした。あの、重く昏い匂いだ。
「ここで、何かが燃えた」
確信だった。事故じゃない。誰かが、意図を持って燃やした。
老人の恐怖。若者の鍬。焦げた農具。
三つの点が、俺の中でゆっくりと線を結び始めていた。消えかけていた火が、またぐっと大きくなった。
俺はまだ、引き返せない場所の、さらに奥へ踏み込もうとしていた。
