柏の葉の煙 〜西谷・端午の里山にて〜 #11-3

ハナの作業場は、波豆川から少し入った民家の土間だった。

低い天井、黒ずんだ梁、土の匂い。省吾が子供の頃に嗅いだ懐かしさが、そこにはまだ生きていた。

「小豆、昨夜から浸けてある。渋切りしてから炊くんや」

ハナは手順を説明するでもなく、ただ淡々と告げた。

省吾は言われるまま鍋の前に立った。指先で小豆をすくう。柔らかく、しかし芯がまだわずかに残っている。

この感触だ、と思った。

炊き加減、水の量、火の強さ。体が勝手に判断しようとしていた。

土間の窓から五月の光が斜めに差し込み、鍋から上がる白い湯気を静かに照らしていた。

しばらくして、漉し作業になった。

省吾は竹の漉し器に煮た小豆を乗せ、掌の根元を使って押しはじめた。滑らかな抵抗感。皮が残り、餡が落ちる。三十年前と同じ、その感触が掌によみがえってきた。

指が、自然と動いていた。

「あんた」

ハナの声がした。

「餡炊いたことあるな」

問いではなかった。確かめるまでもないことを、ただ口にしたような言い方だった。

省吾は少し間を置いた。

「……昔、少し」

「そうやな」

ハナはそれ以上何も言わなかった。省吾も続けなかった。

窓の外では、丘の斜面を覆う新緑が風に揺れていた。西谷の五月は、何もかもをそのままにしておく。問い返さない。急かさない。

漉し器の向こうで、白い餡がゆっくりと溜まっていった。

省吾の指は止まらなかった。止め方を、忘れていたかのように。