蔵の戸を押すと、湿った土の匂いと、甘く腐ったような花の残り香が、ふわりと押し寄せてきた。
「入って」
蘭は臆することなく先に進んだ。透矢はわずかに躊躇してから、その背を追った。
板張りの棚に、冊子が並んでいた。五十冊はあるだろうか。背表紙には年号が墨で記され、古いものは明治の数字まで遡っていた。
蘭が一冊を引き抜き、透矢に渡した。
開くと、頁のいたるところに球根の絵が描かれていた。チューリップとも、ユリとも違う、見慣れない形の球根たち。そしてその隣に、必ず人の名前が添えられていた。
「……これは」
「亡くなった人の名前や」
蘭は静かに、しかし確かな声で言った。
「花守りはな、逝った人の魂を球根に閉じ込めるんやって。春になって花が咲いたら、その人がちゃんとあの世へ行けるんやと、おじいちゃんから聞いた」
透矢の指が、頁を繰る手を止めた。
西谷の春とは、そういう春なのか——。
あの桜並木を覆う薄桃色の幕が、突然、違う意味を帯びて脳裏に蘇った。
「秘儀やから、よそには言わんようにって言われてた。でも透矢さんは、おじいちゃんの地図を持ってる」
蘭はそう言って、蔵の奥を指さした。
一番古い棚の端に、ひとり分だけ隙間があった。抜かれた一冊の跡。
透矢は震える手で、隣の冊子を開いた。
そこに、あった。
——朝倉冬吉。
祖父の名が、球根の絵の傍らに、丁寧な筆跡で記されていた。
蔵の外で風が鳴った。杉の梢が揺れ、西谷の山が低く、低く、唸るように響いた。
透矢は頁から目を離せないまま、自分の体が少しずつ、地の底へ沈んでいくような感覚を覚えた。
