闇田の火 〜西谷に眠る土地と、燃える男の記録〜 #12-3

これは、奇妙な記録だ。続きの話だ。

雨が、三日続いた。

西谷の秋霖は、まるで山が泣いているようだった。山の稜線が霧に溶け、棚田の石垣が黒く濡れて光る。

俺はそんな中、泥の中にいた。

道端陽子という女が現れたのは、二日目の朝だった。

防水の作業着に長靴。肩幅が広く、目が鋭い。元土木技師だと自己紹介した声に、一切の飾りがなかった。

「あそこの放棄地、三人いれば一週間で形になる」

それだけ言って、彼女は鍬を担いだ。

ケンジはすでに石を運んでいた。俺は気づけば、スコップを握っていた。

誰かが「やろう」と言ったわけじゃない。ただ、そうなった。

泥は重かった。石は多かった。根が複雑に絡み、スコップを弾き返してくる。

「ここ、何十年も放ってたんだろ」

俺が独り言のように呟くと、陽子が即座に返した。

「二十年以上ね。でも土は死んでない。ちゃんと息してる」

ケンジは黙ったまま、岩を両手で抱えて移動させた。その横顔に、昨日より何かが宿っているような気がした。

三日目の夕方。

雨が上がった。

山の向こうに、滲んだ橙色の光が広がっていく。波豆川の水音だけが、静かに続いている。

俺は泥だらけのまま、その光を見ていた。

「俺はなぜ、ここにいる」

声に出してしまってから、少し恥ずかしくなった。

答えは、なかった。

謎を追って来たはずだ。老人の恐怖、焦げた農具、あの炭焼き小屋。それは今も、俺の中で燻り続けている。

なのに、こうして土を掘っている。

「考えても出ないなら、掘れ」

陽子の声が背中に刺さった。

俺はスコップを、また深く沈めた。

夕陽が、棚田の稜線を焼いていた。