これは、奇妙な記録だ。続きの話だ。
雨が、三日続いた。
西谷の秋霖は、まるで山が泣いているようだった。山の稜線が霧に溶け、棚田の石垣が黒く濡れて光る。
俺はそんな中、泥の中にいた。
道端陽子という女が現れたのは、二日目の朝だった。
防水の作業着に長靴。肩幅が広く、目が鋭い。元土木技師だと自己紹介した声に、一切の飾りがなかった。
「あそこの放棄地、三人いれば一週間で形になる」
それだけ言って、彼女は鍬を担いだ。
ケンジはすでに石を運んでいた。俺は気づけば、スコップを握っていた。
誰かが「やろう」と言ったわけじゃない。ただ、そうなった。
泥は重かった。石は多かった。根が複雑に絡み、スコップを弾き返してくる。
「ここ、何十年も放ってたんだろ」
俺が独り言のように呟くと、陽子が即座に返した。
「二十年以上ね。でも土は死んでない。ちゃんと息してる」
ケンジは黙ったまま、岩を両手で抱えて移動させた。その横顔に、昨日より何かが宿っているような気がした。
三日目の夕方。
雨が上がった。
山の向こうに、滲んだ橙色の光が広がっていく。波豆川の水音だけが、静かに続いている。
俺は泥だらけのまま、その光を見ていた。
「俺はなぜ、ここにいる」
声に出してしまってから、少し恥ずかしくなった。
答えは、なかった。
謎を追って来たはずだ。老人の恐怖、焦げた農具、あの炭焼き小屋。それは今も、俺の中で燻り続けている。
なのに、こうして土を掘っている。
「考えても出ないなら、掘れ」
陽子の声が背中に刺さった。
俺はスコップを、また深く沈めた。
夕陽が、棚田の稜線を焼いていた。
