卵の記憶 〜西谷春暖〜 #4-2

料理教室が始まったのは、午後の陽射しが一番やわらかくなる頃だった。

西谷ふれあい夢プラザの調理室に、親子連れが十組ほど集まっている。美咲が前に立ち、舩岡養鶏場の卵を手に取った。

「今日は、この新鮮な卵でカスタードプリンを作りましょう」

美咲の声は澄んでいて、自然と人々の注意を引きつけた。雄一郎は端のほうで取材ノートを手にしていたが、いつの間にか彼女の手さばきに見入っていた。

「卵を割るときは、平らなところでコンコンと。殻が黄身を傷つけないように」

美咲の指先が卵に触れる様子に、雄一郎は昔の記憶を重ねていた。料理学校で習った基本動作。あの頃の自分も、こんなふうに一つひとつの所作を大切にしていた。

「お兄さん、手伝って」

小学生の女の子が雄一郎の袖を引いた。気がつくと、参加者たちは皆、卵を割り始めている。

「ああ、すみません」

雄一郎は慌ててノートを置き、女の子の隣にしゃがんだ。

「こうやって、やさしく割るんだよ」

無意識に手が動いていた。卵の感触、黄身の輝き。封印していたはずの感覚が、静かに蘇ってくる。

「わあ、上手! お兄さんもお料理するの?」

「昔、少しだけね」

雄一郎が苦笑いを浮かべていると、美咲の視線に気づいた。彼女は小さく微笑んで、首をかしげる。

「料理、お好きなんですね」

「まあ、仕事柄」

そう答えながら、雄一郎は自分でも驚いていた。久しぶりに手にした卵の重みが、妙に懐かしく感じられる。

窓の外では、西谷の山並みが夕日に染まり始めていた。