用水路から這い上がったひかるを助けてくれたのは、地元の青年・健太だった。年上の自分を「ひかるさん」と呼んでくれる彼の優しさが、冷え切った心を少し温めてくれる。
「せっかくだから、西谷のダリア畑を見ていきませんか。今が見頃なんですよ」
健太の案内で向かったのは、夕闇に浮かぶ美しいダリア畑だった。赤、白、ピンク、黄色、紫。まるで虹が地面に降りてきたような光景に、ひかるは思わず息を呑む。
「すごい…こんなに綺麗だなんて」
「毎年、住民みんなで育ててるんです。西谷の自慢なんですよ」
その時だった。畑の向こうから、ひそひそと話し声が聞こえてくる。
田辺さん、佐藤さん、そして山田さん。昨日から怪しいと睨んでいた人たちが、暗闇の中で円陣を組んでいる。
「明日の準備は大丈夫?」
「ひかるさんには内緒だよ」
「バレたらまずいからね」
ひかるの心臓が高鳴った。ついに決定的な証拠を掴んだ! これこそ共犯者たちの密談に違いない。
「待ってください!」
茂みから飛び出したひかるに、住民たちが振り返る。その顔は、なぜか困惑と苦笑いが入り混じっていた。
「あの、ひかるさん…」山田さんが申し訳なさそうに言った。「実は明日、あなたの歓迎会を開く予定だったんです」
「え?」
「ダリア泥棒の話、すっかり信じ込んでるから、どうしようかと相談してたんですよ」
静寂。
ひかるの頬が、ダリアよりも赤く染まった。
