朝から空が重たい色をしていた。光男は測定器を手に川辺に立っていたが、嫌な予感が胸をよぎる。
「台風、こっちに来るみたいやで」
振り返ると、長靴を履いたおじいさんが心配そうに空を見上げていた。
「えっ、台風ですか?」
「テレビで言うとった。明日の夜には西谷も暴風域に入るって」
光男の顔が青くなった。せっかく水質が改善されて、蛍も姿を現し始めたのに。台風が来たら川が濁って、今までの努力が水の泡になってしまう。
案の定、翌日の夜から風雨が激しくなった。光男は自分の部屋で窓の外を見つめながら、がたがた震えていた。風の音が怖いのではない。明日の川の状況を想像すると、胃が痛くなるのだ。
「ああ、蛍さんたち、大丈夫かな」
一睡もできないまま朝を迎えた光男は、雨が止むとすぐに川へ向かった。
そして、予想通りの光景を目にした。
「うわあああ」
川は茶色く濁り、ゴミや枝が流れている。せっかくきれいになった川辺も、泥だらけだった。
「光男くん、大丈夫かいな」
声をかけられて振り返ると、昨日のおじいさんが軍手をはめて立っていた。その後ろには、おばあちゃんたちも数人いる。
「皆さん…」
「自然のことやから仕方ないわ。でも、みんなでまたきれいにしたらええんや」
おばあちゃんの言葉に、光男は目頭が熱くなった。
「そうや、前よりもっときれいにしたろ」
「蛍さんのために頑張ろな」
気がつくと、十人以上の人が集まっていた。みんなで泥を取り除き、流れてきたゴミを拾い、丁寧に川辺を整備していく。
光男も測定器を脇に置いて、一緒に作業した。汗を流しながら働いていると、なんだか心が軽くなっていく。
「ありがとうございます、皆さん」
「なんの、みんなの川やもん」
夕方には、台風前よりもずっときれいな川辺が姿を現していた。
