三月の午後、敬太郎は阪急今津線の車窓から流れる景色を漫然と眺めていた。宝塚南口を過ぎると、都市部の喧騒が嘘のように静まり返る。
「結局、何もかも中途半端だな」
呟きは誰に向けられるでもなく、空虚な電車の座席に吸い込まれていく。就職活動は思うようにいかず、かといって大学院への道も定まらない。文学への憧れは胸の奥で燻り続けているが、それで食べていけるほど世の中は甘くないことくらい、二十一歳の敬太郎にも分かっていた。
宝塚駅で降り、阪急田園バスに揺られること四十分。下佐曽利のバス停に着いた頃には、西の空が薄紅色に染まり始めていた。
「ここか」
敬太郎は深く息を吸い込んだ。空気が違う。都市部の重苦しさとは対照的な、清冽な風が頬を撫でていく。
バス停から見下ろす丘一面には、田植えを待つ田んぼが静かに広がっている。案内板によれば、春になれば青々とした稲が風に揺れるという。
「今は何も見えないけれど」
そう言いかけて、敬太郎は苦笑した。まるで自分のことを言っているようではないか。
ベンチに腰を下ろし、遠くに霞む六甲の山並みを眺める。春はまだ浅い。けれど確実に、季節は巡っている。
「もう少し、待ってみるか」
その言葉が、自分自身への問いかけなのか、それとも決意なのか、敬太郎にはまだ分からなかった。
