その後の日々は、まるで時の流れが早送りされるかのように過ぎていった。嵐から一週間、プラスチック板に守られたチューリップの芽は見事に成長し、今では蕾を膨らませている。
「もうすぐ咲きそうですね」
美咲の声に、敬太郎は顔を上げた。確かに蕾の先端に、薄紫の花弁が覗いている。
「ええ、来週には満開でしょう」
田中老人が満足げに頷く。その時、敬太郎の携帯電話が鳴った。画面には「神戸新聞社」の文字が光っている。
「失礼します」
少し離れた場所で通話を終えた敬太郎が戻ってくると、二人が心配そうに見つめていた。
「内定をいただきました」
敬太郎の言葉に、美咲の顔がぱあっと明るくなる。
「おめでとうございます!」
「よかった、よかった」
田中老人も嬉しそうだ。敬太郎は深く息を吸い込んだ。西谷の澄んだ空気が肺の奥まで染み渡る。
「文学を諦めるわけではないんです」
敬太郎は蕾を見つめながら静かに語った。
「新聞という媒体を通して、人の心に届く文章を書きたい。この西谷で学んだように、土に根ざした言葉で」
その時、蕾の一つがほころび始めた。薄紫の花弁が、まるで敬太郎の決意を祝福するかのように開いていく。
「人生とは不思議なものですな」
田中老人が感慨深げに呟く。
「種を蒔くときは、どんな花が咲くかわからない。でも、丹精込めて育てれば、必ず美しい花を咲かせる」
敬太郎は頷いた。文学への憧れも、現実への不安も、全てが自分の一部なのだ。それらを大切に育てていけば、きっと自分だけの花を咲かせることができる。
チューリップが風に揺れて、まるで未来への道標のように見えた。