これは、奇妙な記録だ。続きの話だ。
庄三が口を割ったのは、波豆川の土手に夕靄が立ちこめた夕刻のことだった。
老人は田の縁に立ち、長いあいだ黙っていた。その背中は、まるで何かを封じるように、丸く縮こまっていた。
「……息子がおったんや」
声は低く、風にまぎれそうなほど細かった。
二十三年前。田を継ぐと決めていた息子が、大峰山の山道で足を滑らせた。それだけのことだった。それだけのことが、すべてを変えた。
「あの子が最後に触れた土や。わしには、もう——」
庄三の言葉が途切れた。
呪いではなかった。
老人は、愛しすぎていたのだ。
俺は胸の奥で、何かが音を立てて崩れるのを感じた。謎が解けた瞬間というのは、いつも痛い。
「庄三さん」
気づいたら俺は、叫んでいた。
「それでも土は待っています! 二十年以上、ずっとここで待ってたんです!」
陽子が息を呑む気配がした。ケンジが動きを止めた。
波豆川の水音だけが、変わらずに続いている。
庄三はゆっくりと振り返った。
その目に、光るものがあった。
長年、乾いていたはずの目に。
老人はただ、棚田を見つめていた。黒く湿った土を。石垣の苔を。夕陽に染まる、再生しかけた一枚の田を。
「……そうか」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
俺はなぜか、自分の手のひらを見た。泥が乾いてひび割れていた。こんなに働いたのは、いつ以来だろう。
謎を追ってきた男が、土を掘っている。
笑えない話だが、これが今の俺だ。
大峰山の稜線が、暮れていく空に溶けていった。
