土を耕す、君と耕す 〜西谷の風と、十八歳の夏〜 #14-4

目が覚めたのは、まだ空が白みはじめたころだった。

「早朝の水やり、頼めるか」と昨日の夕方に葵から言われて、蒼は半分眠ったまま返事をした。正直、たかが水やりだと思っていた。

畑に出た瞬間、その考えは吹き飛んだ。

波豆川の川面に、薄い霧が漂っている。山の稜線がぼんやりと溶けて、空と地続きになっているみたいだ。田んぼの緑が、朝の光をまだ受け取れずにいる。シーンと静まり返った空気の中に、水音だけがある。

「……なんだこれ」

声に出したら、霧に吸われた。

気づいたらスマホを構えていた。一枚撮って、すぐもう一枚。うまく撮れている気がしないのに、手が止まらない。

迷った末に、そのままSNSに投稿した。「西谷の朝」とだけ書いて。

水やりを終えるころ、通知が来た。大阪にいる幼なじみの渉からだった。

「どこそれ、めっちゃきれい。お前ほんとにそんなとこにいんの」

蒼はちょっと笑った。変なくすぐったさがある。

「おはよう」

後ろから声がして振り返ると、葵がいた。長靴を履いて、麦わら帽子を片手に持っている。

「ちゃんと来てたんだ」

「疑ってたのか」

「少しは」と葵はあっけらかんと言った。

二人で畑の縁に立って、川のほうを眺めた。霧はさっきより薄くなっている。

「蒼って、ここ好きになってきてる?」

葵が、まるで天気の話をするみたいに聞いた。

答えが出なかった。

好きかどうか、まだわからない。でも渉のコメントを見て「きれいだろ」と思ったのは本当だし、今朝この景色を見て得体の知れない何かに胸を突かれたのも本当だ。

「……わからん」

「そっか」

葵はそれだけ言って、帽子をかぶった。

土のにおいが、鼻の奥にずっと居座っている。