台風が去った朝、波豆川は茶色く濁っていた。
農園に着いた蒼は、息を飲んだ。
トマトの畝が、ほぼ全滅だった。支柱が傾き、茎が折れ、赤くなりかけの実が泥の上に転がっている。昨日まであんなに丁寧に世話をしていた畑が、一晩で別の場所みたいになっていた。
拓海は畝の前にしゃがんで、動いていなかった。
声をかけようとして、やめた。
蒼は黙って隣に膝をついた。泥が冷たかった。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
「……やるか」
先に立ち上がったのは蒼だった。拓海は少し遅れて、うなずいた。
支柱を拾い、根元に刺し直す。倒れた茎を起こして、麻紐で結ぶ。もう間に合わないものもあった。それでも、動かせる手は動かした。
作業の途中、拓海がぽつりと言った。
「俺、ここで食っていけるか怖いんだよ、ずっと」
手を止めずに、続ける。
「農業やるって決めた。好きだし、やりたい。でも毎年こういうことがあって、毎年どうなるかわからんくて」
蒼は泥のついた手を見た。
「俺なんか、怖いかどうかもわかってないけど」
「は?」
「何が怖くて何から逃げてんのか、まだそこからわかってないから。拓海のほうが、ちゃんと怖がってると思う」
拓海が、小さく笑った。
「それ、フォローになってんの?」
「なってないかも」
「……まあいいわ」
また黙って、手を動かした。
空はもう晴れていた。西谷の山の上に、洗ったような青が広がっている。風は湿っていて、草と土の匂いがした。
泥だらけのまま、二人は畝の端まで戻っていった。
