竹の音がする方へ 〜西谷の夏、清流に流れるもの〜 #19-7

夜明け前から、悠斗は一人で作業を始めていた。

軒下に積んでいた青竹を、一本ずつ割っていく。鉈を振るたびに、パンと乾いた音が山あいに響いた。来年の水路用に、今のうちから干しておく。それだけのことだったが、手を動かしていると、不思議なほど気持ちが落ち着いた。

祖父がやってきたのは、陽が棚田の向こうに顔を出したころだった。

何も言わずに隣に腰を下ろして、煙草に火をつけた。煙が細く、朝の空気の中に溶けていった。

しばらくして、悠斗は口を開いた。

「じいちゃん、コンテスト、出てみることにした」

祖父は煙草を一度だけ、ゆっくり吸った。

「そうか」

それだけだった。でもその二文字が、悠斗の胸にすとんと落ちた。

うまくいかなくてもいい、と今は思えた。あの出汁の味を、自分なりに形にしてみたい。それだけでいい。失敗したって、また作ればいい。竹みたいに、ひびが入っても水を流せばいい。

荷物をまとめて、農家民宿を出たのは昼前だった。

バスが走り出すと、窓の外に棚田が広がった。緑の水面に、夏の終わりの白い雲が映っていた。武庫川の上流の、あの細い流れも見えた気がした。

ひかるは大阪で花を扱う。田中はコンテストを待っている。祖父は来年も、あの竹を手入れする。

悠斗は声に出さずに決めた。

——来年の夏も、ここに来よう。竹を割って、出汁をとって、またここの水を飲もう。

山が遠くなっていった。でも、竹の音だけがまだ、耳の奥に残っていた。