村瀬が死んで、七年が経った。
誠司は古びた手帳を膝の上に開いたまま、しばらく動けずにいた。昨日の七回忌、線香の煙が目に染みた。それだけのことだ、と自分に言い聞かせた。
最終ページの余白に、鉛筆で走り書きがあった。
「西谷・ホタル・六月」
三つの言葉が、斜めに並んでいる。村瀬の字だ。力を抜いたときの、あの癖のある筆跡。
なぜ知らなかったのか。十年以上、相棒だったのに。
誠司は手帳を閉じ、車のキーを手に取った。
名神を下り、宝塚へ。カーナビが「波豆川」という地名を読み上げるころ、あたりの景色ががらりと変わった。田んぼが広がり、山が迫り、空が広くなった。大阪とは別の時間が、ここには流れているようだった。
波豆川沿いの細道に車を停めた。
夕暮れが川面を染めていた。水の音だけが聞こえた。誰もいない。風が葦を揺らし、遠くで鳥が一声鳴いた。
村瀬は、この景色を見たかったのだろうか。
それとも、見たことがあったのか。
「何しに来たんだ、俺は」
声に出すと、川の音に吸い込まれた。答える者はいない。相棒はもういない。
誠司はしゃがみ、水面を眺めた。ホタルにはまだ早い季節だが、六月になればここに灯りが舞うのだろう。村瀬が手帳に残した、たった三つの言葉のために。
夕闇が濃くなるまで、誠司はそこを動かなかった。
西谷の静けさは、胸の古傷をそっと押した。痛みではなく、何か別のもの——まだ名前のつけられない、温かさに似た感触だった。
