柏の葉の煙 〜西谷・端午の里山にて〜 #11-5

電話が鳴ったのは、夕方近くのことだった。

画面に「拓也」の文字が光った。省吾は少し間を置いてから、出た。

「……父さん」

息子の声は、どこかぎこちなかった。

「子どもが生まれた。男の子や」

それだけ言うと、しばらく沈黙があった。省吾も何も言えなかった。おめでとう、という言葉が喉の入り口で止まったまま、動かなかった。

「そうか」

やっとそれだけが出た。

「うん」

また間があって、拓也は「じゃあ」と言った。電話は切れた。

省吾は縁側に出た。

波豆の山並みが、夕焼けの色に沈んでいく。杉の稜線が墨で引いたように黒く、その上の空だけがまだ淡く橙色を残していた。

手元には、今日ハナの家で教わりながら自分で包んだ柏もちがひとつあった。蒸したての湯気が、夕風にゆらゆらと流れていく。

孫か、と省吾は思った。

妻の光子が知ったら、どんな顔をするだろう。店の奥で、エプロンを外しながら声を上げて喜んだかもしれない。泣きながら笑う、あの顔で。

柏の葉をそっと開いた。白い餅が現れた。

光子と二人で、幾度こしらえただろう。端午の節句のたびに、小豆を炊いて、葉を蒸して。拓也が小さいころは、「もっと食べる」と手を伸ばしてきた。

一口、口に運んだ。

素朴な甘さが、ゆっくりと広がった。

電話は短すぎた。でも息子はかけてきた。それだけは確かだった。

西谷の山が、藍色に暮れていく。その静けさの中で、省吾は柏もちを両手で包むように持ったまま、しばらく動かなかった。