牧場での仕事にも慣れ始めた美咲だったが、まだ一人で作業をするには不安があった。そんな時、軽トラックのエンジン音が響いてきた。
「お疲れさまです!」
明るい声と共に降りてきたのは、農協の配達員をしている田村さんだった。60代とは思えないほど元気で、いつも笑顔を絶やさない。
「あ、東京から来たお嬢さんですね。噂は聞いていますよ」
「噂って…」
美咲は慌てた。まだ何も仕事らしい仕事ができていないのに、もう地域の人たちの間で話題になっているのだろうか。
「いやいや、悪い噂じゃありませんよ。山田さんが『真面目で一生懸命な子が来てくれた』って嬉しそうに話していました」
田村さんは飼料の袋を軽々と運びながら言った。その後ろから、エプロン姿の女性が歩いてきた。
「こんにちは。隣の農家の佐藤です」
佐藤さんは美咲と同年代に見えたが、日焼けした肌と力強い手が農作業に慣れていることを物語っていた。
「いつも山田さんにお世話になっているので、お裾分けです」
差し出された袋の中には、艶やかな白菜が入っていた。西谷の肥沃な土で育った野菜は、どれも東京で見るものより大きくて立派だった。
「ありがとうございます。でも、私なんかが…」
「遠慮しないで。西谷に来てくれた人はみんな家族ですから」
佐藤さんの言葉に、美咲の胸が温かくなった。
その時、別の車が牧場に入ってきた。白いワゴン車から降りてきたのは、30代前半の女性だった。
「お疲れさま、お父さん」
「あ、恵子が来た」
山田さんが手を振る。恵子さんは山田さんの長女で、隣町で獣医をしている。月に何度か、牧場の牛たちの健康チェックに来てくれるのだった。
「美咲さんですよね。お父さんから聞いています」
恵子さんは獣医らしいきびきびした動作で医療器具を取り出した。
「私も東京の大学を出て、一度は都市部の動物病院で働いていたんです。でも、故郷の動物たちを診たいと思って戻ってきました」
聴診器を花子の胸に当てながら、恵子さんが振り返った。
「美咲さんはどうですか? 西谷は気に入りました?」
「はい。こんなに温かい場所だとは思いませんでした」
美咲の答えに、その場にいた全員が微笑んだ。
「西谷はね、人が人を支え合う場所なんです」
田村さんが配達を終えて戻ってきた。
「都会では隣の人の顔も知らないって聞くけど、ここでは困った時はお互い様。それが当たり前なんです」
遠くで夕方の鐘が響く。美咲は西谷の空を見上げた。
東京では決して味わえなかった、人と人とのつながりの温かさが、彼女の心に静かに染み込んでいく。