土を耕す、君と耕す 〜西谷の風と、十八歳の夏〜 #14-3

雨は朝から降っていた。

西谷の山が霧に沈んで、波豆川の水音だけがやけにはっきり聞こえる。農園の小屋に着くと、葵が「今日は無理しない」とあっさり言った。

小屋の中は古い農具と段ボールと、得体の知れない道具たちが所狭しと並んでいる。蒼は手持ち無沙汰のまま棚の隅を眺めていて、一冊のノートを見つけた。

表紙に「作業記録」とだけ書いてある。

なんとなく手に取って開くと、几帳面な字がびっしりと並んでいた。日付、気温、土の状態、種まきの量。そして赤いボールペンで「失敗」と書かれた行が、何箇所も続いている。

——水やり過多。根腐れ。原因不明のまま廃棄。

——定植のタイミング、また間違えた。

蒼は思わず手を止めた。

「拓海のだよ」

葵の声がした。小屋の入り口に寄りかかって、雨粒を眺めている。

「農業高校のときから書いてる。もう何冊目かな」

「……こんなに真剣だったのか」

「一回やめようとしたんだよ、農業」

葵は静かにそう言った。雨音に溶け込むような声だった。

「二年生の夏。育ててたトマトが全滅して、何が悪いかもわからなくて。あいつ、しばらく誰とも話さなくなった」

蒼はノートに目を落とした。

失敗の記録の次のページには、また几帳面な字が続いていた。懲りることなく、次の作付けの計画が書いてある。

やめなかったんだ、と蒼は思った。

窓の外では、雨が西谷の田んぼを静かに濡らしている。

ここに来る理由なんて、蒼にはまだない。焦りもある。後ろめたさもある。でも拓海のノートの「失敗」の文字と、その次のページを見ていたら、何かが少しだけほどけた気がした。

理由は、探しながら作るものかもしれない。