帰り道、真弓が縁側から声をかけた。
「大地、持たせてあげ」
大地は台所に戻り、新聞紙に包んだちまきの束と、折りたたんだ一枚の紙を蓮に差し出した。
「母のやで」
開くと、鉛筆で書かれた丁寧な字。笹の下処理の仕方、い草の結び方、蒸し時間の目安。ちまきの作り方が、真弓の手で書き留めてあった。その下に、数字が一行だけ。大地の電話番号だった。
「来年また来るなら、田植えも教えたる」
大地は照れを隠すでもなく、ただそう言った。蓮はその言葉を一度、胸の中で繰り返した。来年。その言葉が思ったより、柔らかく着地した。
「来ます」
言ってから、少し驚いた。迷わなかった。
カメラバッグのポケットではなく、シャツの胸ポケットに紙を折って入れた。そこに入れるべきだという気がした。理由はうまく説明できなかったけれど。
バスで宝塚へ出て、電車に乗った。窓の外を棚田が流れていった。西谷の五月は、ゆっくりと遠ざかっていった。
克哉が地図の余白に「西谷のちまきを撮りに行くべきだ」と書いたとき、何を知っていたんだろう、と蓮は思った。場所のことじゃなかったはずだ。きっと、手から手へ渡っていくものを、受け取ることについて、知っていた。
カメラはバッグの中にある。今日最後に撮ったのは、真弓の笑顔でも、積まれたちまきでもなかった。何も撮らずに、大地の横顔を目に焼きつけただけだった。
手のひらに、笹の青い香りがまだ残っていた。
それで十分だと、蓮は思った。いや、十分以上だった。
