翌朝、目が覚めたらまだ六時だった。
カーテンのない窓から、山の空気が入ってきた。青くて、少し湿っていた。
祖父はもう裏の竹林にいた。昨日切り出した竹を、地面に並べている。
「やってみるか」
短く言って、鉈を渡された。重かった。手のひらに、じんと響くような重さだった。
「まず竹の目を見い。繊維の走り方がある。そこに沿って刃を入れるんや」
言葉にすれば簡単だった。でも、最初の一本はまったく入らなかった。刃が滑って、竹がわずかに回転した。悠斗は唇を結んだまま、もう一度構えた。
三本目あたりから、何かが変わってきた。
手のひらが、竹の繊維の流れを感じ始めた。目で見るんじゃなくて、触れることで分かるような感覚だった。刃がすっと入った瞬間、青い匂いが弾けた。
「来たな」
祖父が小さく言った。それだけで、胸がじわりとあたたかくなった。
「おはようございます」
振り返ると、細い道の向こうに女の子が立っていた。
藤本ひかる。常連客の娘で、去年も夏にここで見た顔だった。長い黒髪を後ろで結んで、作業用の手袋を持っている。
「節、削りますね」
それだけ言って、ひかるは並べた竹の前にしゃがんだ。慣れた手つきだった。小刀を使って、節の内側を静かに、丁寧にならしていく。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
竹を割る音と、小刀が節を削る音だけが、山の朝に落ちていた。
——料理も、こういうことなのかもしれない。
ふと、そんな考えが浮かんだ。素材に触れて、素材の声を聞いて、初めて刃が入る。センスじゃなくて、聞く力なのかもしれない。
まだうまく言葉にはできなかった。
でも竹の青い匂いが、悠斗の中で静かに広がっていた。
