スマートフォンにメッセージが届いたのは、朝の仕込みが終わった直後だった。
送り主は同じクラスの田中。「秋のコンテスト、一緒に出ない? エントリー締め切り来週やで」という短い文だった。
悠斗は画面を見たまま、しばらく動けなかった。
あの失敗が、頭の中で鮮明によみがえった。並べたはずの火加減が狂い、ソースが焦げた日のこと。先生の無言の視線。自分の手が、小刻みに震えていたこと。
——今の自分が出ても、恥をかくだけだ。
返信しないまま、ポケットに押しこんだ。
午後から、祖父に頼まれて竹の水路の片付けをした。西谷の山裾に這うように続く細い水路は、夏の終わりになると青い竹が少しだけ茶けて、所々にひびが入る。
悠斗がしゃがんで詰まった泥を取り除いていると、ひかるが麦茶を持って現れた。
「大阪に出ることにした」
彼女はそう言って、水路の縁に腰を下ろした。
「やっと決めた。花屋で働きながら、夜に学校行くつもり」
「そうか」
悠斗は泥だらけの手を見つめた。嬉しいはずだと思った。でも胸のどこかが、小さくちぎれるような気がした。
——なんで俺、こんなに重たい気持ちになってるんだろう。
ひかるは黙って遠くを見ていた。武庫川の上流のほうから、秋めいた風がおりてきた。
竹がかすかに揺れて、細い音を立てた。
悠斗はふと気づいた。自分がコンテストを断ろうとしているのは、失敗が怖いからじゃない。失敗したまま、もう一度ちゃんと傷つくことが怖いのだ。
それはひかるが大阪へ出ることを、素直に喜べないこととよく似ていた。
傷つくかもしれないことから、ただ遠ざかろうとしていた。
茶けた竹は、それでも水を通していた。ひびが入っていても、流すべきものを流していた。
悠斗はポケットのスマートフォンに、そっと手を触れた。