バスを降りると、草いきれと腐葉土の匂いが混ざったような空気が肺に入ってきた。
西谷の五月は、においから始まる。
ちまきを作っている家があると、バスの運転手が教えてくれた。「真弓さんとこ、軒先でやってはるから、すぐわかります」と、地図を描くかわりに方角を指さして。
石垣沿いの細い道を歩くと、本当にすぐわかった。
民家の軒下で、白髪の老女がしゃがんでいた。膝の上に笹の束、足元に水を張った桶。手が動くたびに、青くて鋭い匂いが立ちのぼってくる。
「あの……見せてもらえますか」
声をかけると、老女は顔を上げた。皺の深い目が、驚くでもなく、ただ静かに蓮を見た。
「どうぞ、座り」
名前は真弓といった。
笹を折る。もち米を乗せる。包む。結わえる。その手の動きは文章を書くのに似ていた、と蓮は思った。短くて、無駄がなくて、でも一手ごとにちゃんと意味がある。
「百年以上、この辺ではやってきたんよ」
真弓は手を止めずに言った。
「覚えていこうとするんじゃなく、手に覚えさせるんや」
蓮はメモを取ろうとして、ペンを探しかけた。けれど途中でやめた。
代わりに、自分の手のひらを、ゆっくりと握り締めた。
カメラも出さなかった。克哉のことが頭をよぎったせいかもしれない。あの人は記録するより感じることを先にしろと、いつも言っていた。言葉ではなく、行動で。
笹の匂いが、また風に乗ってきた。
青くて、少しだけ痛いような匂いだった。
