ホタルの灯る夜に 〜六月の西谷、あぜ道に宿る光〜 #15-4

朝霧がまだ残る時刻に、庄平は誠司を連れ出した。

波豆川に沿って北へ歩くこと十五分。廃村の集落跡が見えてくる手前に、それはあった。

石積みの基礎だけが残る、水車小屋の跡だった。

横に倒れた水車の木枠は、長い年月をかけて土に還りかけている。苔が板目を覆い、草がその隙間から伸びていた。それでも、川の流れはかつてと変わらず、石の間を縫って鳴り続けていた。

「村瀬さんとは、ここで話したんですか」

「半日ほどな」

庄平は倒木に腰を下ろし、川を見た。

「あの子は、誰かを守れなかったと言うとった」

誠司の足が止まった。

「守れなかった、と」

「詳しくは言わなんだ。ただ、ずっとそれを引きずっとる、と。わしには何も言い返せんかった。守れなかったもんは、もう戻らへんからな」

誠司は水車の残骸に目を落とした。

五年前のことを、また思い出していた。

共同捜査の夜、誠司はある判断を選んだ。容疑者の動向に不審を覚えながら、村瀬の制止を押し切って踏み込みを見送った。証拠が薄い、と言い訳した。それが正しいと信じた。

三年後、村瀬は別の現場で撃たれた。

直接の因果関係はない。誰もそう言わなかった。だが誠司は知っていた。あの夜の判断が、村瀬の何かを変えた。守れなかったという感覚を、自分が植えつけたのかもしれない。

川が鳴っている。

「庄平さん」

「なんや」

「村瀬は、楽になれましたか。ここへ来て」

老人はしばらく黙っていた。

「楽になったかどうかは知らん。けど、あの子はまたここへ来るつもりやったと思う。来年も、その次も」

誠司は目を細めた。

水車の跡に、朝の光が差し込んでいた。