波豆川の水は、夏の盛りにも冷たかった。
岸辺の石に腰を下ろしたハナが、ふいに顔を覆った。声もなく、肩だけが小刻みに揺れている。
煌太は何も言えなかった。
「……廃校になったら、私、もう西谷に帰れない」
ようやく絞り出した声は、川の瀬音にほとんど消えた。
「おばあちゃんが大阪にいるから、引っ越すことになってて。だから、この夏が最後なの」
リョウとツバサが川下に目を逸らした。知っていたのだ、と煌太は悟った。三人全員が、ずっと知っていた。
「炭焼き小屋に入ったのも——」
煌太が問うと、ハナは濡れた目のまま頷いた。
「証拠を残したかった。私たちが西谷にいたって証拠を。炭が出来たら、一個ずつ持って帰ろうって。リョウが言い出して」
リョウが川石を蹴った。
「黙ってろって言っただろ」
「もういい」
ハナは顔を上げた。泣いていても、その目には芯があった。
「先生には、話してよかった」
煌太の喉が、かすかに詰まった。
——教師を辞めた日の朝、職員室で書いた退職届の文字が、脳裏に灼きついて蘇る。生徒たちを守れなかった。守ろうとして、誰も守れなかった。あの夏も、こんなふうに川が流れていたはずだ。世界がどうなっていても、水だけは流れ続けていた。
煌太は膝を折り、ハナと目の高さを合わせた。
「炭は残る。灰にならない限り、ずっと残る」
波豆川の水面が光を弾いた。
「お前たちがここで過ごした時間は、炭になる。消えない。形が変わっても、熱ごと残り続ける」
リョウが鼻を鳴らした。ツバサが石を握りしめた。
川の向こう、夏草が風に揺れた。
