ちまきの手 〜西谷、五月の葉の記憶〜 #18-6

朝、真弓が言った。

「大地はね、来年には出て行くんよ。農業法人に移るって」

蓮は手の中のコーヒーカップを、少しだけ強く握った。

「ちまきは」

「継ぐ人は、おらん」

真弓は笑ったけれど、その笑いの奥に、長い時間が静かに沈んでいた。

蓮は何も言わずに、カメラを持ち出した。

真弓の手を撮った。笹を割く指を、い草を引く節くれだった関節を。大地の手を撮った。積まれたちまきを、台所の窓から差し込む光の中で撮った。

撮るほど、何かがレンズの向こうに逃げていく気がした。

絵として切り取るたびに、その手の温度が薄くなっていく。匂いが消えていく。シャッターを押すたびに、何かを失っているような感覚があった。

大地が縁側に出てきて、蓮の隣に立った。

「撮ることで、残せると思ってる?」

責めているわけじゃなかった。ただ、知りたいというふうに聞いた。

「わからない」

蓮は正直に言った。「残せるとは思ってない。でも、消えていくのを見ていたくない」

大地は少しだけ黙った。

「俺も、同じかもしれん」

西谷の山は、五月の終わりの色をしていた。青というより、緑というより、もっと名前のない色だった。

記録することと、受け継ぐことは、きっと別のことだ。

でも蓮はふと思った。別のことであっても、どちらも誰かへの意志だ。克哉が「撮りに行くべきだ」と言ったとき、きっとそういうことを知っていた。

大地の横顔が、光の中にあった。

蓮はカメラを下げた。今日だけは、レンズを通さずに、この場所を見ていたかった。