朝から、台所がにぎやかだった。
祖父が声をかけた近所の家族が、三組やってきた。子どもたちが先に庭へ駆け出していって、竹の樋を指さしながら何かを叫んでいた。
悠斗は台所で、薬味を担当することになった。
みょうが、青じそ、ねぎ。それだけのことなのに、包丁を握った手に妙な力が入った。学校での失敗が、いつもここで顔を出す。あの日も、包丁を持った瞬間だった。
——でも、ここは学校じゃない。
息を一つ、静かに吐いた。
みょうがの断面が、きれいに揃っていった。繊維に逆らわず、刃をすっと引く。青じそは重ねてくるくると巻いて、細く細く。祖父の古い包丁は、思いのほかよく切れた。
気づくと、隣に子どもが立っていた。七歳くらいの女の子で、目だけが台の上に出ていた。
「お兄ちゃんの切り方、きれい」
ぽつりと言って、また庭へ走っていった。
手が、少し震えた。
褒められたのが嬉しいとか、そういうことじゃなかった。ただの薬味なのに、ちゃんと届いた、という感じがした。誰かの目に映っていた、という感じが。
竹の樋にそうめんが流れ始めると、庭から歓声が上がった。
悠斗は縁側に出た。子どもたちが樋の前にしゃがんで、箸を構えて、じっと待っていた。流れてくるものを待つ顔は、みんな同じだった。力が抜けていて、輝いていた。
——こういう顔のために、料理はあるのかもしれない。
そう思ったことを、うまく言葉にはできなかった。でも、胸の奥の何かが、少しだけ柔らかくなった気がした。
波豆川から引いてきた水が、白いそうめんを押して、夏の光の中へ流れていった。
