窯が、鳴いていた。
深夜の西谷。篠山街道から外れた山の斜面で、煌太は耳を疑った。低く、かすかに、しかし確かに——炭窯が軋む音を立てていた。
吉田翁がランタンを近づけた瞬間、全員が息を呑んだ。
窯の側面に、一筋の亀裂。指の幅ほどのそれが、じわじわと熱を吸って広がっていく。
「……もう無理じゃ」
翁の声は、夜露のように冷えていた。「三日間の火が、全部灰になる」
西谷の闇は深かった。波豆川の瀬音だけが、遠くで続いていた。
煌太は一瞬、目を閉じた。
——退職届を出した朝、職員室の窓から見えた空が、なぜかよみがえった。あの日も、こんなふうに黒かった。逃げた。あのとき、確かに逃げた。
目を開けた。
「藁はあるか!」
翁が顔を上げた。
「煌太さん、窯の温度が——」
「わかってる! 藁と泥を混ぜれば塞げる。やったことある人間はいないかもしれないけど、やらない理由もない!」
リョウがもう走り出していた。ツバサが泥をすくう。ハナが藁を抱えて戻ってくる。
四人で、窯に貼りつく。
泥が熱い。手のひらが焼ける。それでも煌太は亀裂に指を押し当て、混ぜた藁ごと叩き込んだ。
「酸素を断つな! まだ燃えてる間は負けじゃない!」
声が夜の木立に吸われていった。
リョウが「うるさい!」と叫んだ。泣いているのか、汗なのか、顔がぐしょ濡れだった。それでも手は止まらなかった。
東の山の端が、かすかに白み始めた頃。
亀裂は、塞がっていた。
翁が、長い沈黙のあとで言った。
「……燃えとる」
煌太は泥だらけの手を見つめた。誰も何も言わなかった。言葉より先に、夜明けが来た。
