縁側は南向きで、昼の日差しがじっとりと温かかった。
おちよ婆さんは黙って桑田の靴を外に出し、濡れた雑巾を無言で差し出した。桑田は礼を言いながら泥を拭い、それでも落ち着かないような顔で膝の上に企画書を広げた。
かろうじて回収できた百枚のうち、半分は泥で読めなくなっていた。
「単刀直入にお伺いします」
桑田は顔を上げた。商談の顔だった。
「西谷ちまきのレシピと製法を、一式いただけないでしょうか。弊社で商品化し、全国に広めたいと考えております」
庭の梅の木が、風もないのに葉を揺らした。
婆さんはしばらく桑田を見た。笑いもせず、怒りもせず、ただ見た。
「ほな、まず笹を刈りにいこか」
立ち上がりながら、そう言った。
「は?」
「笹や。ちまきは笹がないと始まらん。そんなことも知らんと、何が全国展開や」
有無を言わせぬ背中だった。桑田は企画書をそっと縁側に置き、おそるおそる立ち上がった。
裏山への細道を登りながら、婆さんは何も説明しなかった。西谷の山は五月の緑に満ちていて、波豆川のせせらぎが遠く続いた。
笹藪の前で、婆さんは小さな鎌を桑田に渡した。
「刈ってみ」
桑田は鎌を持った。正確には、持ったつもりだった。
「あ、痛っ!」
刃に指を挟んでいた。鎌を握る前の話だった。
婆さんは深くため息をついた。怒っているのか呆れているのか、その顔はどちらとも取れたが、口の端がわずかに動いたのを桑田は見逃さなかった。
「あんた、ほんまに食べもんの仕事しとんの」
笹が風に鳴った。まるで笑っているようだった。
