夕暮れどき、庄平に促されて仏間へ通された。
線香の残り香が、静かに漂っていた。
「これを、渡しそびれとった」
庄平は仏壇の引き出しから、一通の封筒を取り出した。
誠司の手が止まった。
表書きには、見覚えのある文字が並んでいた。
——桐島誠司様へ。
村瀬の字だった。
「二年前、西谷に来たとき、ここへ置いていった。もし桐島さんが来ることがあれば、渡してほしいと」
誠司は封筒を受け取った。紙が、わずかに震えた。自分の手が震えているのだと、少し遅れて気づいた。
封を切った。
便箋は一枚。文章は短かった。
——西谷のホタルを、あなたと見たかった。いつか一緒に来てください。
それだけだった。
誠司は声を出せなかった。
村瀬はすでに知っていたのだ。この地の静けさを、波豆川の水音を、あぜ道の草いきれを。そのすべてを確かめた上で、誠司を誘うつもりでいた。
あいつは待っていた。
俺が来ることを。
「村瀬さんは、あんたのことが心配やった」
庄平が、ぽつりと言った。
「心配、ですか」
「刑事を辞めたあと、どこへ行くか。何を支えにするか。そう言うとった」
誠司は便箋から目を離せなかった。
村瀬が死んだのは、自分のせいだと思い続けてきた。それは変わらない。だが——あいつはそれでも、俺に西谷を見せたかった。ホタルの光の下で、もう一度、隣に立ちたかった。
そういうことだったのか。
縁側の向こう、山の稜線が藍色に沈んでいく。
どこか遠くで、川の音がした。
誠司はゆっくりと、便箋を折り直した。
