ちまきのくせに 〜西谷・初夏 笑いと笹の香りに包まれた七日間〜 #16-6

朝から、台所は湯気でいっぱいだった。

西谷の山から吹き降りてくる風が縁側を通り抜け、大鍋のそばにいる者たちの額の汗を冷ましていった。笹の香りが、家中に満ちていた。

「よし、入れるで」

おちよ婆さんの声で、それぞれが自分のちまきを鍋へ沈めていった。田辺のじいさん、常連の農家のおばちゃんたち、そして桑田孝一。

桑田のちまきは、見るからに不格好だった。

笹の巻き方がゆるく、縛ったイグサがどこか頼りない。前日、三十分かけて仕上げた一本だった。「まあ、味は同じや」と自分に言い聞かせて鍋に入れた瞬間、隣のおばちゃんが小声で「……ちょっと心配やな」と言うのが聞こえた。

五分が経ち、十分が経った。

異変は、十五分目に起きた。

鍋の中で、何かがほどけた。

「あっ」

誰かが声をあげた。湯の中で、白いもち米がゆっくりと広がっていくのが見えた。笹だけが哀れに浮かんでいた。

一瞬の沈黙のあと、台所が爆笑に包まれた。

「ちまき汁や!」とおばちゃんのひとりが叫んだ。田辺のじいさんが、珍しく声をあげて笑った。桑田も笑った。声が出るほど笑った。

なのに、なぜか目の奥が熱かった。

笑いながら、潤んでいた。

この七日間が、走馬灯のように胸を過ぎった。泥だらけの革靴。じいさんの話。ほどけなかった笹の音。

「来年また来たら、ちゃんと教えたる」

気づくと、おちよ婆さんがそっと隣に立っていた。

桑田は笑ったまま、深く頭を下げた。

「……はい。必ず」

縁側の外では、西谷の初夏の風が、また笹を鳴らしていた。