大阪に戻って三日後、桑田は企画書を提出した。
分厚いバインダーではなかった。A4一枚、たったそれだけだった。
タイトルは「西谷ちまき体験ツアー企画提案」。商品化の文字は、どこにもなかった。
「……これだけか」
上司の森田部長が、眼鏡越しに桑田を見上げた。
「はい、これだけです」
「ちまき汁の話は聞いたぞ。で、その失敗を経ての提案がこれか」
「失敗じゃないんです。あれは……ちまき汁でした」
森田部長は三秒黙ったあと、「意味がわからん」と言って書類をデスクに伏せた。
企画は、その場でほぼ却下された。
それでも桑田は、引き出しの奥に一枚だけ取っておいた。西谷で書き直した手書きのメモだ。端が折れて、笹の葉の匂いがかすかに残っている。
引き出しを開けるたびに、あの台所の湯気が戻ってきた。
月日は流れ、翌年の初夏になった。
ある朝、桑田の机に封筒が届いた。差出人は「西谷・田辺」とあった。
開けると、乾いた笹の葉が一枚、入っていた。
手紙は短かった。
「おちよさん、今年も元気です。あなたのちまき汁の話、今でも笑い話になっとります。今年も来ますか。——田辺」
桑田は、しばらく笹の葉を眺めた。
青みは抜けていたが、あの香りがかすかに残っていた。西谷の風の、あの匂いだった。
その日の昼休み、桑田はスマートフォンを取り出して有給の申請をした。
服装欄に「スーツ以外を検討中」と書いたのは、自分でも少し驚いた。
