ちまきの手 〜西谷、五月の里山にて〜 #17-1

五月の連休が明けたばかりの朝、篠田渉は阪急宝塚駅発のバスに乗った。

祖母の七回忌から、もう半年が経つ。形見として受け取った小さな手帳は、仕事鞄の底に沈んだまま、ずっとそこにあった。

玉瀬のバス停で降りると、山が近かった。

神戸の街では感じたことのない種類の静けさが、渉の耳に入ってきた。車の音も、工事の音もない。ただ、鳥と、風と、どこか遠くで流れる水の音だけが聞こえた。

そして——匂いがした。

青くて、やわらかくて、少し甘い。渉は思わず立ち止まり、空気を吸い込んだ。図面を引くことに慣れすぎた手が、鞄の持ち手をそっと握りなおした。

匂いの先を辿ると、古い民家の軒先に、白髪の老婆がいた。

縁台に腰かけ、手を休めることなく、笹の葉で何かを包んでいる。細い指が、慣れた動きで紐を結わえていく。

「あの、すみません」

渉が声をかけると、老婆はゆっくりと顔を上げた。目尻の深い皺が、笑うとさらに深くなった。

「道に迷うたん?」

「いえ、祖母がよく来ていた場所を探していて。篠田という者なんですが」

老婆の手が、ほんの一瞬、止まった。

「篠田さんとこの……。きよ子さんの、孫かいな」

渉はうなずいた。祖母の名前が、こんなにもなめらかに他人の口から出てくることに、少し驚いた。

「今年も教室があるよ。ちょうど今日からや」

老婆は縁台の奥を顎でしゃくった。引き戸の向こうから、笹を蒸す湯気が、白くたなびいて出てきた。

渉は、断る言葉を探した。

しかし、その湯気の奥に、誰かの笑い声がした。若い女の声だった。

気づけば、渉は足を踏み出していた。