澄江が古い茶碗に番茶を注いでくれながら、ぽつりと言った。
「畑の守り、って知ってますか」
市造の孫娘は三十代半ばで、祖父に似た穏やかな目をしていた。冬馬が棚田で見たものを話すと、彼女は驚かず、むしろ静かにうなずいた。
「霧の朝に現れる子どもの話、うちのじいちゃんもよく言うてました。荒れた土地に出て、人が鍬を入れたら消えていく。守り、ていうより、呼び声みたいなもんやって」
縁側の向こうに、西谷の山が霞んでいた。波豆川沿いの田んぼが光を拾っている。冬馬はカップを両手で包み、黙っていた。
笑い飛ばせなかった。
理由はデータにあった。
昨日、研究室に送った土壌サンプルの分析結果が返ってきた。問題の畝の土に、種子の痕跡があった。ただの痕跡ではない。炭素年代測定の数値が、どう計算し直しても百五十年以上前を示していた。
耕作が途絶えてそれだけ経つ土に、なぜ新しく起こされた畝があるのか。
「信じます?」と澄江が聞いた。
「……データは嘘をつかない」
冬馬の答えは、我ながら情けなかった。澄江は小さく笑った。
「データが説明できへんことを、昔の人は言い伝えにしたんかもしれませんね」
子どもの頃を、ふと思い出した。畑の土に手を当てると、何かが押し返してくる気がした。恐くて、ずっと遠ざけてきた感覚だった。
あの温もりは、昨日と同じだった。
市造の手とも、棚田の土とも。
冬馬は立ち上がり、靴を履いた。また山へ行くつもりだった。理由は説明できない。ただ、根のようなものが、すでに西谷の土に絡みついている気がしていた。
