土を耕す、君と耕す 〜西谷の風と、十八歳の夏〜 #14-1

六月の終わり、蒼は大阪から荷物一つで西谷にやってきた。

リュックに詰め込んだのは着替えと文庫本、それから充電器。それだけで十分だと思った。どうせここには、たいしたものを持ち込む理由がない。

武田尾の駅を降りると、緑のにおいがした。

湿った土と、風に揺れる草の香り。大阪では嗅いだことのない、少し重くて、それでいてどこか懐かしいにおい。蒼は一度だけ深呼吸して、川沿いの道を歩き始めた。

祖父の家は、波豆川のほとりに建つ古い農家だった。

縁側に腰かけていた耕一じいちゃんは、蒼を見ても特に驚かなかった。「来たか」とだけ言って、麦茶を出してくれた。

「大学、ほんまに行かへんのか」

「うん」

「そうか」

それ以上は聞かれなかった。それが少しだけ、ありがたかった。

問題は翌朝だった。

「裏の畑、頼めるか」

耕一じいちゃんが差し出したのは、年季の入った鎌だった。

裏に回った蒼は、しばらく言葉をなくした。膝丈まで伸びた草が、畑だったはずの区画を完全に飲み込んでいる。西谷の夏の日差しが、容赦なくその上に降り注いでいた。

途方に暮れながら鎌を振り始めてしばらくしたとき、隣の敷地から声がかかった。

「あの、大丈夫ですか。なんか、すごい顔してる」

振り返ると、麦わら帽子の女の子が立っていた。同い年くらいだろうか。

「あ、隣の日向です。日向葵」

「……柴田蒼」

女の子——葵は、ぱっと顔をほころばせた。

「あおい、かぶってるね」

笑い方が、夏の光みたいだと思った。

蒼は少し面食らって、それから小さく笑った。こんな気持ちになれるとは、思っていなかった。