翌晩も、案山子は庭の端に立っていた。私は座布団をもう一枚出し、友人が置いていった濁り酒を湯呑みに注いだ。
「実はな」
と私は切り出した。自分から語るのは、ずいぶん久しぶりのことであった。
「私は、自分の仕事が何の役に立っているのか、わからなくなった。訳した本が売れても売れなくても、世の中は何も変わらん。私がいなくても、誰かが同じ頁を訳すだろう」
案山子は黙って聞いていた。やがて、藁の袖を揺らして言った。
「私も、よく似たことを思う。近頃の雀は、私を恐れなくなった。肩に止まる奴さえおる」
「それでは、役目が果たせていないではないか」
「そうかもしれん。だが、雀が肩で休んでおる間は、少なくとも稲に近寄らん。私は何もしておらんが、そこに立っておることだけは、してやれる」
私は湯呑みを持つ手を止めた。
「立っておるだけで、足りるのか」
「足りるかどうかは、私が決めることではない。稲と雀と、田の主が決めることだ。私は、ただ立つ」
夜風が庭の柿の葉を鳴らした。私は湯呑みを置き、しばらくのあいだ、ただ闇の中の半纏を眺めていた。
その言葉は、私の胸の底の方に、小さな石のように沈んだ。酒の味が、妙に澄んで感じられた。