卵の記憶 〜西谷春暖〜 #4-3

桜の花びらが風に舞っていた。

二度目の西谷を訪れた雄一郎は、美咲と並んで西谷地区の桜並木を歩いている。取材の合間に案内してもらった道だった。

「この桜、昔から地元の人たちが大切にしてるんです」

美咲の声に、花びらがひらりと頬に触れた。彼女は自然に手で払い、微笑む。

「料理教室の子どもたち、春になるとここでお弁当を広げるんですよ。私が作ったおにぎりを持って」

「おにぎりですか」

「卵焼きも一緒に。あの子たちにとって、食べることが楽しい思い出になってほしくて」

歩調を�めながら、雄一郎は美咲の横顔を見つめた。料理への想いが、言葉の端々に込められている。

「私、実は」

雄一郎は立ち止まった。舞い散る花びらが、足元に薄桃色の絨毯を敷いている。

「昔、料理人になりたかったんです」

美咲が振り返る。その表情に、雄一郎は続けた。

「でも、挫折して。技術も、センスも足りなかった。それで編集の世界に逃げたんです」

「逃げた、なんて」

美咲が首を振る。

「今のお仕事だって、料理と関わり続けてるじゃないですか」

遠くで鳥のさえずりが聞こえる。西谷の静寂が、二人を包んでいた。

「そうかもしれませんね」

雄一郎は苦笑いを浮かべた。美咲の言葉が、胸の奥で小さく響く。

桜並木の向こうに、夕暮れの光がさしていた。歩きながら、雄一郎は心の中で思っていた。この人となら、もう一度料理と向き合えるかもしれない、と。