座標が示した場所は、丘の中腹だった。
武田尾廃線跡から少し山側に入った斜面。渉はスマートフォンの地図を頼りに獣道を登り、そして立ち止まった。
重機の爪痕が土に残っていた。造成の土砂が斜面を半分ほど覆い、かつて何かがあったはずの地面を、灰色の無表情で埋め尽くしていた。廃棄物処理場の拡張工事だと、後で義則に聞いた。数年前のことらしかった。
「あったんですね、ここに」
渉は呟いた。返事をする者はいなかった。
風が吹いた。残土の匂いがした。春の匂いではなかった。
義則は少し離れた場所で、腕を組んで斜面を見ていた。渉が振り向くと、老人は静かに言った。
「先生はあの春、種を持って逃げたんや」
「逃げた?」
「造成の話が出たとき、先生は何日もここに通ってた。何かを採取してる様子やった。わしには止める言葉もなかったけど、先生は笑っとったで。悔しそうにやなく、ただ静かに笑って」
渉はレンズを向けることができなかった。カメラが重かった。いや、正確には、軽すぎた。撮るべき花のない場所では、カメラはただの精密機械だった。
その瞬間、何かが渉の中でゆっくりと崩れ落ちた。
自分はずっと、花畑を探していたわけではなかった。
亮が好きだった光の角度を。亮が笑うような色を。亮がそこにいれば「見て」と言えたような風景を。失ったものをそのまま閉じ込めておける、完璧な場所を探していた。
でも、先生は逃げなかった。種を持って、次の場所へ向かった。
「義則さん、種は今どこにあるんですか」
義則は里山の稜線を指差した。
「咲いとるはずや。毎年、どこかで」
